出生前診断の告知のあり方と自己決定の支援について考える【泣いて笑ってBlog】

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人工死産体験談<ケース19>

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今まで私は仕事を辞めたくなくて、職場が少人数のため 「産休後に職場復帰できるか?」 という心配もしていました。
2006年9月のこと。ふと見た市政だよりに子宮ガン検診のお知らせが。
そう言えば結婚して一度も産婦人科に行ってないし・・と、それからすぐ検査した結果、子宮頚部上皮内ガンとの診断。
5日間の入院で円錐切除法をして無事退院できました。
病気になって、「子宮があるからこそ子供が産める」ということに気付くことができ、夫婦の絆が以前より強くなった気がします。

12月から本格的に子作りを始めたところ、結婚8年目の2007年4月、妊娠していることがわかりました。
思ったより早く授かることができて夫婦で泣いて大喜び。
3ヶ月検診では、小さい赤ちゃんは一生懸命に手と足をバタバタ動かしているのに、自分には感覚がないのがとっても不思議で幸せな気持ちでした。

段々とつわりが酷くなってきましたが妊娠2ヶ月が過ぎ・・・そして5ヶ月終わりに入り、やっと安心。大きくなっていくお腹のため、そろそろ下着も揃えないと・・・と思い、母と一緒に買い物へ行きました。
その日 朝からサラッとしたものが少し出てはいたけれど気に留めず、「明日やっぱり病院行こう」ぐらいの感じでいました。

すると・・・暫くしてバシャっと水みたいなものが・・・Gパンの膝まで濡れるほど たくさん・・・
すぐに救急車でかかりつけの病院へ。
着いてすぐ内診と超音波での診察の後、先生から
「お腹の中に羊水がほとんど残っていないので、残念ですが赤ちゃんは助けてあげられない」とお話しがありました。
あまりのショックで言葉も涙も出ずに放心状態で、ただ母の「何とか・・助けて・・」と言う声だけが聞こえました。

しばらくして、主人も職場から駆けつけ、先生からの詳しい話がありました。
「とにかく羊水が無いために、このままでは母体にも感染症が起きるかも知れない。
自然に陣痛が始まってしまうかも知れない・・」という内容でした。

その夜から3日間、かなりの出血と、少しのお腹の張りが続きました。
心配と不安で眠れず食べられずの毎日・・・それでも朝の心音の検診では、しっかり心臓が動いているんです。
心音を聞くたびに涙が溢れて一日中泣いて・・・涙って、泣いても泣いても出るんですね。

しかし、何日経っても陣痛もこなくて、私の中で
「奇跡を信じてみよう、この子ならきっと助かる」と思うようになっていきました。
破水して1週間が経ち、周りの看護師さんと先生までも、段々奇跡を信じて応援してくださいました。

19週5日で破水、そして21週3日の時、今までいた病院から1時間くらい離れた、NICUのある大学病院へ搬送されました。
大学病院に着くなり、すぐに内診とエコ-検査をしました。
先生のお話しは、今まで聞いていた話よりももっとリアルで、障害のことも私たち夫婦が思っていた以上のものでした。
急に「怖くなった」と言ったほうがいいかも知れません。

親の気持ちだけで産んであげたとしても、肺には障害、目も見えない、関節も曲がったまま。
でもそれは“軽い症状”の場合・・など、頭がどうにかなって崩れそうになりました。
それでも、この子は今も生きているのだから・・・
そして、先生から「時間がありません。もし人工的に出産を行うなら22週前での処置でないと・・1時間後に返事を・・」と。

今まで生きてきてここまでの選択があったか、何時間話し合ったか・・・結論が出せないままでした。
一睡もできず朝まで主人と考えた末、辛く悲しく身を削られる思いで、今お腹にいるこの子を天国に還すことに決めました。
きっと、また私たち夫婦の元に還って来てくれると信じて・・・

21週と5日しか生きることができなかった赤ちゃんはカワイイ女の子。
380グラムで すごく小さいのに手にもちゃんと爪が生えていて、鼻と口は主人に似て、目は私に似ていました。
最後に抱っこして触ると とっても柔らかく、頭を撫でながら声をあげて泣きました。
小さいけれど抱っこすると重くって、少しの間だったけど私は母親なんだと実感できた瞬間でした。

あれから3週間が経ちました。
悲しくてどん底まで落ち込んで、やり場のない苛立ちが湧いて・・・精神状態がとても不安定でうが、何とか家事も少しずつできています。
来月、9月2日に納骨します。

人生には思いもかけないことがあるんですね。
でも今回のことは、私たちにとって きっと意味があることだったと思い、これからも夫婦支えあいながら頑張っていきます。

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