出生前診断の告知のあり方と自己決定の支援について考える【泣いて笑ってBlog】

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自助グループを紹介されたときの私の経験から

当記事の原文は旧泣いて笑ってBlogにて、2005.01.31にUPしたものです。
かなり大幅に加筆・修正して、新たにここに残しておきたいと思います。


DSCF6235k.jpg



偶然辿り着いた、とあるサイト。
ある看護教員の方のHP。

そこで私は21週で亡くした娘のことを初めて『話す』機会を得た。

看護師目指して受験勉強も追い込みに入っていた、ちょうど2年前の今頃だった。

「看護師になりたい。」
次男を平成13年11月に出産してから、漠然とそう思うようになっていた。その想いに、自分でもなんだか戸惑っていた。
・・・なぜ?なぜ看護師になりたいのか。
自問自答を続けていく。

「患者さんが本当に助けて欲しいときに ヘルプサインを出しやすい・・・そんな看護師になりたいと思うから。」

あぁ、そうか。
自分がそうできなかったこと、きっと後悔していたんだ。

私は娘を失った後も、ずっと 気丈に振舞っていた。
私という一人の患者が忙しい看護師さんたちの手を煩わすようなことは、してはいけないと思っていた。遠慮していたのだ。

でも本当はやっぱり話したかったのではないか。娘のことを。
受け止めてもらいたかったのではないか。娘への想いを。

そう思いだしたら、どんどんどんどんしまいこんでいた気持ちが溢れ出してきて辛くて苦しくなってきた。
自分の心の中の声に耳を傾ける。
それは痛みを伴うものだったけれど、我慢していた涙を流すことで・・・その思いを自分で認めてやることで何か救われたような気持ちでいた。
でも、・・・どこかでスッキリしなくてモヤモヤと何かが胸の奥で渦巻いていた。


受験はもう目前に迫っている。
受験当時、31歳という私の年齢。
幼い息子達を抱えながら、・・・・なぜ?
絶対に学校側はその点を聞いてくるだろうと思っていた。
何度も自分の中で予行演習する。こう言おう。ああ言おう。
・・・・・・だけど 何か足りない気がしていた。

それが私のネットサーフィンの理由だった。何が足りないんだろう・・・?そう思いながらたどり着いた掲示板。


導かれる・・・という言葉があるけれど、まさにその時、そう感じた。掲示板で目に飛び込んできたのは「誕生死」という本の話題だった。一瞬にしてその言葉に目を奪われた。言葉からして死産や新生児死であることは想像できたが、胸がドキンと鳴った。
そしてその書き込みに思わずレスを書き込んでしまった。

【「誕生死」・・・こういう表現があるんですね。私も死産した当時にそういったケアを受けていれば今のこの苦しみも少しは違っていたでしょうか】
確かこういう内容の書き込みをしたと思う。でも、ほんとに独り言のつもりで・・・・。

それなのに意外な反応が返ってきた。管理人さんをはじめとする常連さん方から「おかよさん、ようこそ。お辛い思いをされたんですね。もしよかったらここでお話してください。」とレスがついていた。正直、驚いた。「え?!」と声に出してしまったほどに。
書いていいの?
こんなに辛くて悲しくて苦しい気持ちを、私は吐き出してもいいの?
とても戸惑ったのを覚えている。

・・・そして私はその優しさに甘えて書き始めた。でも私の体は意外な反応を見せた。
キーボードを叩いてるうちに、吐き気が襲ってきてPCの前に座ることができなくなった。私自身、何が起きたのかわからなかった。そんな自分自身の状態に一番驚いたのは他ならぬ私自身だった。
それでも少しずつ自分の気持ちを吐き出していった。一度投稿すると、どんどん想いが溢れてくる。毎日毎日、その掲示板に行くのが日課となった。皆さんから寄せられるレス。その全てが看護師さんなどの医療関係者ばかり。黙って「聞いて」くださっていた。押し付けがましい励ましも激励もなかった。そして少しずつ私は救われていった。

だけどある日、その同じ掲示板で、私に寄せられたレスに思わずムッとした。
『おかよさん 自助グループに入ることも一つの方法です。』

勿論、その方は、私が楽になるための方法を一生懸命考えてくださったのだろう。ここで吐き出すよりも 同じ体験をした人たちの中に入って、お互いに思いを打ち明け、支えあうのがベストなのではないかと思ってくださったのだろう。
しかし私は・・・自分自身がずっと抱えてきた残念で悔しくて悲しい想いは、医療従事者にこそわかって欲しかったのだと、その時やっと悟った。それは『慰めあう』類のものではなく、こちらが欲求することを、ただ黙って受け止めて欲しかったのだ。
医療従事者にこそ。。。私の気持ちを知って欲しかったのだ。きっとその中には蓄積された怒りのような感情も込められていたのだと思う。やり場のない怒り。勿論、その掲示板に集まる医療従事者の方たちは、私とは面識がなく、私がどんどんぶつけてくる思いにどう対応していいのか困ることもあったのだと思う。そして私はその時、もうここで気持ちを吐き出すのは控えようと思ってしまった。勿論、アドバイスをくれた方はそんなつもりで言ったのではないことぐらい私もわかっている。けれど、私はその時やんわりと拒絶されたのではないかと、そう受け取っってしまったのだ。

そして私はこうお返事した。
『そうですね。確かにそうかもしれません。しかし今の私には同じ経験者の助けが必要なのではありません。いつかきっと、そんな心境になれた時、そういった自助グループのことも考えてみます。』

私は自分で乗り越えたと思っていた。
乗り越えたからこそ、今、ここにいるんだと思っていた。
今更・・・自助グループに入ってどうなるのだろう。かえって辛くなるような気がする。・・・そして傷の舐め合いだけはまっぴらだと思った。

その後、私は看護学校入学前日に三男の妊娠が判明。休学という道は選ばずに、入学そのものを辞退しました。
「あなたが受かった為に落ちた人がいる。それを忘れないで。」
ある人に言われた言葉。
だけど私が辞退したことで、補欠合格者の一人にきっとドタバタと連絡がいったのだろうな・・・とも思う。
なんだかすごく自分がいろんな人に迷惑をかけたような気がしてたまらなくなった。

そして三男を出産後、看護師・助産師になりたいと思い続けていた想いが不完全燃焼を起こして、とても息苦しく感じ始めた。
1度点いた火はそう簡単には消えていなかったようだ。とにかく無事に三男を出産するという大きな目標を無事に成し遂げ、ほっとした後、またそのような思いに取り付かれ始めた。

だけど実際問題、3人の幼い息子たちを抱えて看護学校に通うことなど到底無理だと思った。そこで私は初めて・・・他の方法で自分を許し、励まし、頑張って歩いていく術がほしいと思いだした。それが2004年夏に立ち上げたHPのきっかけだったように思う。

そこで初めてポコズママの会と出会い、スタッフとして参加させていただくことになった。

様々なケースでベビーを失ったママたち。
人工死産以外にも流産・死産・新生児死。そして子宮外妊娠・胞状奇胎。
こんなにも多くの方が、愛しいいのちを失っているという事実。
掲示板やブログ、そしてメール等のツールでしか、天使ママたちとはお話しする術がなかったけれど・・・それでも互いの体験に耳を傾け涙を流し励ましあうことで、私はどんどん娘、樹里への想いを昇華していったように思う。

これがセルフヘルプなのだと思った。

ポコズママの会は近年、各地での交流会も開催している。インターネットの中だけの交流から、オフの世界(実社会)での交流へ・・・。
ネットだけではわからなかったお互いのママやパパたちの顔。
目と目を合わせ、天使たちのことを話し共有する想いと時間。お互いの悲しみや喜びを分かち合う。
私たちは生きた生身の人間であることを・・・このとき、再認識する感覚に見舞われる。
もうここにはいない我が子のことを想い、涙が溢れて止まらないのは、自分たちがこうして生きているからこそだと。生きることを我が子や神様に許されたからこそだということを。

私は、セルフヘルプや自助グループというものに拒否感さえ持っていた。
だけど、たぶんそれは・・・きっと恐れていたからだ。
蓋をしてしまった悲しみと向き合うことが怖くてたまらなかったのだ。

確かに天使ママは多かれ少なかれ、悲しみ以外にも罪悪感や自己否定に悩む人も多い。とにかく自分の中の認めたくない部分、弱さとか醜さとか、そういったものと向き合うことは痛みを伴う。
ベビーを失ってある程度時間が経過した私のような者は、なおさらだ。
傷口をえぐられれるような感覚。そこからドクドクと血が流れ出すようだった。
だけど、それは想いを「浄化」することに役立った。
あらためて・・・自分を許してあげようと思えた。


そして今、思うことは各病院・各団体に、ポコズママの会の活動を知ってもらい多くの天使ママたちの声を届けたいということ。
しかし全てのママたちが、こうした援助を必要としているのかと言われれば・・・・私のような例があるので必ずしもそうとは言い切れない。
しかし、また私のように時間の経過と共に、天使ママたちの気持ちは少しずつ変わってくるものなのかもしれない。
それぐらい我が子を亡くすという経験は、衝撃的で特異なものなのだ。

「同じ体験をした人たちと出会いたい。話がしたい。」

そう天使ママたちが思ったときにこそ、すぐに出会えるような・・・そんな繋がりを作っていけたらと願っている。
勿論それには、産婦人科関係者などの協力が不可欠だ。流産・死産したママたちの『その瞬間』、一番そばにいる彼らにこそタイミングを逃さないで適切な援助をして欲しいと願わずにはいられない。
本当なら、私たちは『我が子』を直接知る関係者にこそ、この痛みを共有して欲しい・寄り添って欲しいと願うものだ。しかし多くの病院でそれが叶わない今、自助グループの存在を押し付けではなく、天使ママたちが必要とする時にさりげなく伝えてもらえるよう、お願いを続けていけたら・・・と思う。


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