出生前診断の告知のあり方と自己決定の支援について考える【泣いて笑ってBlog】

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ともに生きる たとえ産声をあげなくとも




メインサイトやmixiでは既に御案内させていただいているのですが、来る6月1日に中央法規出版より、流産死産経験者でつくるポコズママの会編集 【ともに生きる たとえ産声をあげなくとも】が出版されることになりました。

**詳しくは** 
ポコズママの会 本の公式サイト
をご覧ください。

私も執筆させていただきました。
執筆者は全員が実名であり、それゆえの葛藤があったことと思います。
私の体験は、当ブログやメインサイトで御紹介しているとおり、人工死産です。

人工死産は正確に言うと人工流産かもしれません。22週未満での妊娠が中断することを【流産】と定義されているからです。
ですが私の場合、21週だったので全身麻酔による掻爬(ソウハ)ではなく、人工的に陣痛を起こし赤ちゃんを出産するというものでした。
妊娠12週を超えると、赤ちゃんは勿論ですが胎盤も大きくなってくるため、出産というスタイルで進めなければいけなくなるのです。
また、産後はこれぐらいの週数だと、母乳を止める薬がきれた時、とたんに母乳分泌が始まるケースもあり、飲んでくれる子がいないのに溢れる母乳をどんな思いで搾るのかを思うと、やはり、それは【出産】したのだと思わざるを得なくなります。
また妊娠12週を過ぎると、赤ちゃんを埋葬しなければいけません。

こういった理由から、人工死産という表現を使っていますが、最近は医療機関でも中期中絶などと言わず人工死産という表現を使うところも出てきているようです。

人工死産には、それに至る理由として
・赤ちゃんの染色体異常や先天奇形・異常による予後不良な場合
・母体の病気や合併症の場合
・パーフェクトベビーを求めるが故の選択的中絶
などがありますが、そのどれもが・・・多くの問題を抱えていると感じています。

今までに【誕生死】という本が、同様の体験談として出版され広く読まれていますが(私も持っています。何度も読みました。)、それには妊娠初期の流産人工死産の体験談はありませんでした。

人というものは・・・苦しい時に“仲間”を求め、それなのに得た“仲間達”の中に違いを見つけ、更に孤独感を募らせるように思います。
同様の体験をしているからこそ、ちょっとした違いに、疎外感を感じてしまうのです・・・。比較してもどうにもなることではないとわかっていながら。

本書【ともに生きる たとえ産声をあげなくとも】
たとえ初期流産であっても
妊娠中期や後期の流産・死産であっても
そして人工死産であっても

それぞれ赤ちゃんを亡くした原因は違っていても、それでも悲しいものは悲しいと言っていいんだと伝えたい1冊になっていると思います。

そして願わくば・・・

私と同じような母体側が原因になり、赤ちゃんを諦めたママやパパ、そして、赤ちゃん側の重い障害や病気が原因で、さよならをしなければならなかったママやパパにも手に取っていただけたらと思います。
そして体験者だけでなく、産科医療に従事する方々にも読んでいただけたらと願っています。




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