出生前診断の告知のあり方と自己決定の支援について考える【泣いて笑ってBlog】

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書籍『ともに生きる たとえ産声をあげなくとも』増刷への想い

当ブログや泣いて笑ってのメインサイト、そしてポコズママの会で紹介させていただいてる書籍『ともに生きる たとえ産声をあげなくとも』(中央法規出版社)は、発売約1ヶ月で増刷が決まりました。

本書を手にとって下さった方々は、おそらく天使ママであったり、天使ママの家族や友人であったり、医療従事者の方々であったりなのでしょうか・・・。

増刷が決まったという連絡を出版社からいただいたのは、先月の7月あたまですが、その知らせを受けて嬉しい反面、また少し複雑でもありました。
おそらく他の執筆者の皆さんも同様の気持ちでいらっしゃるのではないかと思います。

本書は体験談という手記でありながら
・・・手記だけにはとどまらないものであってほしいという願いが込められています。

産科医不足が叫ばれている現在、「グリーフケアを充実させてください」と訴え続けるのは酷なことなのかもしれません。産婦人科医療の現場は、それでなくても過酷です。命の現場で忙しく働くスタッフや医師たちにとって「言いたいことはわかるけど、そこまでは無理だ」というのが率直な意見なのではないかとも思います。
日々の業務をこなすのに精一杯というのが実情なのでしょう。

しかし、その事情がわかるからといって「このままでいい」というわけでは決してない、と思います。

私たちは思い描いていた我が子との未来を失いました。
【人工死産】という決断をした私達だから、その辛さも“当然”で甘んじて受け容れるしかないのかもしれません。・・・しかしそれは、私達にとっては、夢見ていた赤ちゃんとの生活をあまりにも理不尽な理由で奪われたと同じことなのです。やはりそこには【死別】のためのケアが必要であり、また“中絶してしまった”という自責感へのケアも必要だと思います。

十分に泣いて 十分に悲しんで苦しんで、それでも人は自分の涙では溺れて死ねないものなんだと気づいた時、赤ちゃんがわずかな時を生きてくれたことに感謝し、また希望を持って未来を見つめることができるように思うのです。


産科医療の現場が過酷であるなら、そこに患者や経験者も協力して、何らかの形で支援ができる体制を整えていくことが望ましいのではないかとも思うのです。


今回、6月21日にKTNテレビ長崎【できたてGopan】の特集にて、放送されることを見据えて、長崎県内の産婦人科約50件に資料や手紙を添えて封書を送りました。
ポコズママの会発行の冊子の設置協力のお願いも同封しました。
詳しくはこちら。

そのうち協力を引き受けてくださった病院は、現在までに5件ありました。この5件という数字を多いと見るか少ないと見るか・・・。
5件の医療機関には感謝するとともに、今後もこの活動に協力してくださるところが増えてほしいと願っています。

『特定の団体と協力することはできない。』
私がずっとお世話になってきた県内の総合病院にお願いしに行った時、そう言われました。その後も何度かアプローチしてきましたが返答はありません。

病院側の言い分もわかります。
でも、このままでいいのでしょうか?

流産や死産 新生児死
そして人工死産・・・

赤ちゃんを亡くしたママや家族たちの心のケアは、必要なのです。



私たちは本を出版したから
    ブログに書いたから
    ホームページを運営しているから
・・・と、満足しているわけではありません。これらは単なる活動の一環です。


まだまだ周りの無理解に傷つく天使ママが多いのが事実です。
ただでさえ赤ちゃんを亡くした悲しみが大きすぎてどうにもならないのに、まわりの対応で波紋のようにどんどんその悲しみは広がり、深くなっていきます。

私たちの悲しみや苦しみをわかってくださいというのは、わがままでしょうか?自己満足でしょうか?

グリーフケアの必要性を、今ここでも訴えたいと思います。
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