出生前診断の告知のあり方と自己決定の支援について考える【泣いて笑ってBlog】

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自然に産むって?普通に産むって? ~人工死産の反対側にあるもの~

赤ちゃんの重い病気や障害、あるいは母体の病気や合併症などの理由で、人工死産にて我が子を空に『お還しした』ママにとって、その後一番に思い出されることは、“我が子の存在を知ってくれている”医療スタッフの言葉や態度であったりするように思います。

納得できるお産であったか。
関わってくださった医師・助産師・看護師などのスタッフの対応に真心を感じ感謝できたかどうか。
それともその反対であったのか。
それは、今後を生きていくパパやママにとって最重要なポイントだと思います。

最近はスピリチュアルな話題が多くあって、確かに、それで慰められたり癒されたりするのですが、私自身は、産科医療に携わる方々に寄り添っていただくことで、どれほど当事者であるママたちが救われるだろうかと、いつもいつも思うのです。





赤ちゃんを失ってしまった“直接”の理由は、赤ちゃんや母親の病気あるいは障害ではなく『人工死産』であるという事実が、母親の自責感を更に強いものにし、激しく自分自身を責め、そして苦しむことになります。

散々悩んで 考え抜いて そして出したはずの結論だったと、自分で自分に言い聞かせる。しかし、心の片隅でくすぶり続ける想い。
「私が、我が子を殺してしまった。」

人工死産に至るには、大きく分けて2種類の理由があります。
それは冒頭にもありますが
・赤ちゃん側の病気や障害によるもの
・母体側の病気や合併症によるもの

『赤ちゃん側』の場合は
ポッター症候群 
胎児水腫 
胎児浮腫 
腹壁破裂 
致死性骨異形成症 
神経管閉鎖障害
二分脊椎
無脳症 
無頭蓋症 
18トリソミー
13トリソミー  
全前脳胞症 
脳瘤 
外脳症 
嚢胞性ヒグローマ 
小頭症
脳ヘルニア
プルンベリー症候群 


『母親側』の場合は
細菌感染
羊水過少 
前期破水 
子宮内膜炎
絨毛膜羊膜炎
妊娠中毒症 
子宮頚管無力症


などを挙げることができるかと思います。実際にはまだまだ多くの症例があると思いますが・・・。
しかし、これも本当は区別などできないもので、卵子・精子・受精卵・胎児・子宮・胎盤・臍帯などは、そのすべてが深く関係し繋がっているからこそ、たとえ『赤ちゃん側の理由』であっても、母親にとっては「私のせいで・・・・」と自身を責める理由になります。

仮に『赤ちゃん側の理由』であったとして、エコーなどで赤ちゃんの異常が発見された場合、それが深刻なものであればあるほど、22週以前に中期中絶(人工死産)を提案されることがほとんどだと思います。
週数が大きくなればなるほど、赤ちゃんは痛みや苦しみを感じるのかもしれない。
そしてこのままお腹の中で育てていても、いずれは子宮内胎児死亡となるか、生まれてくることができても長くは生きられない、と説明され・・・『その時』が来るまで待つということが、どれほど辛いものか予想もできず、またそうすることが赤ちゃんにとって更に苦痛になるのかもしれないと、パパやママは与えられた残り少ない時間の中で決断するに至ります。

しかし、そう決断して我が子を見送った後に、同じような状況にあったにもかかわらず、赤ちゃん自らが『その時』を決め、自然に生まれてくるまで待った方たちの体験を、本やネットで知ることになったパパやママは、更に追い込まれることになります。

それが

にも紹介されている内容です。

読んだことがない方の為に、概要や感想を詳しく書いていらっしゃるブログがあります。ただし人工死産を経験なさっている方にはショックな内容であるかもしれません。しかし、このような出産を望んだ母親がいて、それをサポートした大野 明子さんという産科医がいるという事実を知ることは大きな意味があるように思います。
【ブログタイトル】ママ元気せらぴ~2
【記事タイトル】『ふつうに産みたい!』と願う勇気
記事へのリンクは こちら。

またネットでは、時々、お邪魔している
産科医 竹内正人のいのちのブログ
があります。竹内先生は当ブログ右欄にて紹介している

の著者でもあります。


私は上記のお二人のブログに、コメントを投稿させていただきました。
そのリンク先をここに紹介します。

『ふつうに産みたい!』と願う勇気へのコメント
http://ameblo.jp/mama-genki/entry-10025152534.html#cbox

人工死産の経験者として 

はじめまして。
私は、人工死産経験者であり、多くのママと出会い交流させていただいてる者です。
こちらの記事を拝見いたしました。
ある1人のママが、こちらの記事を読み、自分を責め続けてしまい苦しんでいるということを知り、お邪魔させていただきました。
多くの命が生まれる中、そこには重い病気や障害を抱えてくる尊い命もあります。
私達は、医師からの説明を受け、人工死産という決断をしました。
・・・なぜ我が子であったのか。
その答えを探し続けていくことが、私達が今もこうして生かされていることの意味なのかなとも思います。
自然に任せることが、どれだけ理想的であるか・・・。 ですがその決断を全うさせることができる環境にはないのが実情のように思います。
看護師でもいらっしゃるようなので、御存知とは思いますが22週より前に重篤な疾患が判明した場合は、 中期中絶(人工死産)を勧められることがほとんどです。

私達は、自分が経験したことを『罪』だと思っています。そして強い自責の念に駆られ、苦しむ方がほとんどです。

こういう選択をしたからこそ、我が子に生きるということはどういうことなのか、命とは何かと教えられたように感じています。ですがそこには正解はなく、自問自答はきっとこれからもずっと続けていくのでしょう。

赤ちゃんの死は、たとえその生が胎内だけであったとしても、出産後まもなくして亡くなったにしても、命の帰結です。
結果は死であったかもしれないけれど、死だけにフォーカスするのではなく、命の誕生を認め、お祝いして、人間としての尊厳を医療者が家族と共に認め、共有していくことが、その後を生きていく家族にとって、どれほど重要な意味を持つか。

それを実践したのが大野先生と30週で出産なさったお母様なのでしょうね。
でも、それすら選択肢になかった。あるいは選択肢はあったけれど、自分はそれはできなかった。という場合は・・・本当に無念でありまた自責の念に長く苦しめられるということも、私はしっかり心に留めておきたいと思います。

おかよ (2007-02-15 12:03:48)





『あなたの子ですもの、かわいいに決まってます』へのコメント
http://takeuchimasato.cocolog-nifty.com/inochi/2006/05/post_8c3d.html#c7744845

竹内先生 はじめまして。
以前から度々こちらへお邪魔しているおかよと申します。
今までにも何度か辛くなり、その度に、コメントを残させていただこうかどうしようかと悩み、結局そのまま立ち去ることを繰り返してきました。
しかし今日は決心して、こうしてキーボードを叩いています。
私は人工死産のサイト http://www15.ocn.ne.jp/~nikomama/
を運営している一経験者です。
1998年に第1子である娘を妊娠20週頃の前期破水により、人工死産の選択を突きつけられ、21週4日でお別れしました。
サイトを立ち上げた当初の目的は、娘のことを「無かったこと」にしたくなかった。忘れたくなかった。・・・だったからでした。そしてどこに向けたらいいのかわからない無念さや悔しさ、怒りといった感情のはけ口を探していたのかもしれません。
サイトを立ち上げて2年半。今までに人工死産経験者の方から数多くのメールをいただき、現在は、経験者のためのサイトでありたいと願って細々とではありますがサイト運営を続けています。

今までに一番辛かったメールは
「今、人工死産するかしないかの決断を迫られている方」からのメールと、
同じような条件下にもかかわらず
「赤ちゃんの命が助かった方」からのメールです。

前者の場合は、私に何らかのアドバイスを求めていらっしゃることがわかるのですが、私はただの経験者に過ぎず具体的なアドバイスは一切できません。ただ、手元にある資料を送ったり医師とよく相談されてくださいと伝えることしかできません。そして同じように苦しみ崩れてしまうことがほとんどです。
後者の場合は、助かった赤ちゃんのご誕生を心から喜び、これからの無事な成長をお祈りさせていただくとともに、もう一方で「もしかしたら私の娘も助かったのかもしれない。それなのに、私は娘を死に追いやったのか。」と、再び自責の念に駆られてしまうことになります。
竹内先生の著書、「赤ちゃんの死を前にして」の58ページに【流産とは妊娠22週未満の妊娠中絶をいう】にも
>>>
例えば、妊娠20週前後での前期破水などで胎児の予後が危ぶまれるケースでは、22週以前にその子の運命を決める話し合いをしなければならないのが現実である。
 
~中途略~

しかし、「先生の奥さんがこの状況だったらどうしますか」と聞かれると、私はいつもその問いに応えることができず、口ごもり、言葉を濁してしまっている。
今後の経過と予後に関しては、可能性として説明することしかできないが、このような場合、最終的に多くの方が人工妊娠中絶を選択されるのが現状であろう。
>>>
と記されていますよね・・・。

今現在は「22週」という壁が、とてつもなく高く立ちはだかっています。
ですがそれも、1993年以前では1979年に妊娠24週未満の場合を流産と定義され、更に1979年以前では妊娠28週未満だったことから、いつか22週という数字も前倒しになってくるのかなと受け止めてはいました。
それが実際にサイトをご覧になった方から「私の赤ちゃんは助かりました。」というメールをいただく度に、私の心は激しく動揺してしまうのです。

サイトを立ち上げてから、多くの知識を得ました。
多くの出会いがありました。
これこそは、娘が「死して」与えてくれたものです。

ですが、なぜ、娘は死ななくてはいけなかったのか。
なぜ、私が娘を殺さなければいけなかったのか。
8年が経過した今も、その答えが出ないのです。

医療の世界は絶えず進歩しているのですね。以前は救えなかった命が、救えるようになってきたという事実。その片側で、どうしても医療では救えない命があるという現実。
では、私の娘はどちらだったのか。

このままサイトを続けていく自信が、失われていきそうで・・・
すべてを受け止めることが怖くて、逃げ出したくなります。

語弊があるかもしれませんが
「生」が正しく
「死」が悪なのだと思ってはいません。

だけど、いつも悩むのです。

私の大切な天使ママお友達の中にも、全前脳胞症で赤ちゃんを人工死産でお空に還された方が数名いらっしゃいます。
今回のUPされた記事を拝見して、どっと気持ちが溢れ出してしまいました。

失礼がありましたら・・・どうかお許しください。


投稿 おかよ | 2006/12/17 14:13:57



私のコメントに記事としてお返事を下さった竹内先生に感謝します。
その記事がこちら。
198. 「死して」与えてくれる

少しずつ想いを、当ブログにて綴っていきたいなと思っています。
長くなったので、今日はこれで・・・。また改めます。
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