出生前診断の告知のあり方と自己決定の支援について考える【泣いて笑ってBlog】

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人工死産体験談<ケース17>

空3


夢だったらいいのに、夢だったらいいのに・・・。何度神様に祈ったか分かりません。
夢ではありませんでした。空っぽのお腹も、娘がもういないことも・・・。

長年の不妊治療の末、長男が生まれました。妊娠初期にたびたび出血し、3度の入院の末、安定期に入りました。
その後の経過は順調で、無事に産声を聞くことが、出来ました。

長男も5歳になり、赤ちゃんが欲しいと親子3人強く願うようになりました。
それならばと、もう一度不妊治療に通い始めました。

2006年 10月 
無事に妊娠しました。
長男のときと同じように妊娠初期に出血し、2度の入院の末、安定期に入りました。

2007年  1月 
お腹の赤ちゃんは、女の子と分かり、家族3人大喜びでした。
二人目で早くから胎動を感じていたので、この頃には、私やお兄ちゃんがお腹に手を当てると、「ここにいるよ~」とばかりにアピールしてくれていました。
幸せでした・・・。本当に本当に、幸せでした。
春には、家族4人の生活が始まる・・・・・。当たり前のことと信じて疑いませんでした。

2007年  1月22日 21週0日 
夜、突然出血しました。が、娘は元気に動いていたし、「ゲッ、また入院?」くらいの軽い気持ちで、病院に向かいました。
診察した医師の口から出た言葉は、私の予想をはるかに超えるものでした。
「子宮口が開いていて、「赤ちゃんは助からないかもしれない。」
???赤ちゃんが、助からない???こんなに元気に動いているのに???
意味が分かりませんでした。いつも診察してくれる医師ではなかったので、「大げさに言ってるだけ・・・大丈夫・・・。」と、
自分とお腹の娘に言い聞かせながら、朝を待ちました。

2007年 1月23日 21週1日 
朝、担当医師が診察しますと、病室にストレッチャーが運ばれてきました。
「私の置かれている状況は、こんなに深刻なのか?」と愕然としました。
今までに見たことのないほど、険しい医師の顔でした。「ご主人を大至急呼んでください。」
「今すぐ子宮の口を縛る手術をします。が、それも一か八かで、いつ破水するか分からない状態です。」
破水???したらどうなるんだろう・・・???

すぐに手術が始まりました。子宮の口から出ている胎胞(赤ちゃんの入った袋)をそっと中に押し込んで、子宮の口を2回縛ることが出来ました。
手術は成功でした。後は、予定日まで、絶対安静にしていれば、娘を無事に産める・・・。助けられる・・・はずでした。

2007年 1月28日 21週6日 
早朝、寝ているとほんの少し、何か出たような感覚で目が覚めました。
導尿していたので「おりもの?」と思って、もう一度寝ようとしました・・・。その時、またほんの少し・・・・・・!!!怖くて、鳥肌が立ちました・・・・・・。

すぐに、看護婦さんを呼び、すぐ医師に診察してもらいました。
「残念ですが、破水です。羊水がにごっているので、赤ちゃんは助けられません。」
娘は相変わらず、お腹に手を当てると、「ここにいるよ~」と元気いっぱいでした。
私が、現実を理解するよりも、何倍ものスピードで、娘の「死」だけが、どんどん一人歩きしていくようでした・・・。
その日は、旦那と娘と病室で一日、恐ろしいほど静かに過ごしました・・・・。

2007年 1月29日 22週0日 
朝、診察で「羊水がだいぶ濁ってきてます。母体にも感染症の恐れがあるので、赤ちゃんに出てもらいましょう。」・・・。
昨日まで、娘の命を救うため一生懸命力を尽くしてくれたスタッフに、娘をばい菌扱いされているようで、悲しくて涙が止まりませんでした・・・。
赤ちゃんと離れたくない・・・。「死」なせてしまうなら、お腹の中においておきたい・・・。
そう願いながら、言われるがままに、陣痛促進剤で娘を出産しました。

午後、1時37分 身長30センチ 体重400gを超える、可愛い可愛い女の子でした。
目も鼻も口もはっきりした、美人ちゃんでした・・・。
後日、旦那に聞いた話ですが、生まれて数時間、一生懸命心臓を動かし、生きようとしていたらしいのです・・・。
旦那なりに、考え、悩み、私が取り乱すと思い、言わなかったらしいのですが・・・・、

教えて欲しかった・・・。
必死に生きようとしている娘に、会いたかった・・・。
会って抱きしめてあげたかった・・・。

生きたまま、棺の中に入れられて、一人ぼっちで死んでいったと思うと、悔やんでも悔やみきれません・・・。
娘の生きた証を何一つ残してやることが出来ないまま、娘は天使になってしまいました・・・・。

この間テレビで、21週6日の赤ちゃんが元気に成長しているというニュースを目にしました。
あの時は、何の知識もなく、娘の「死」を選択しましたが、他にも選択肢があったんじゃないだろうか、娘を助ける方法が、あったんじゃないだろうか・・・。
この答えは、一生出ることはないと思います・・・。

医学がどんどん進歩して、助けることが出来なかったたくさんの命が助けられる・・・。
そんな時代が来ることを願っています・・・・。
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