出生前診断の告知のあり方と自己決定の支援について考える【泣いて笑ってBlog】

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22週未満の中絶

流産や死産といっても様々なケースがあります。
私の場合は赤ちゃんが生まれた後に亡くなったわけではなく、またお腹の中で亡くなってしまったわけでもありません。
私は細菌感染を起こし、まだわずか20週あたりで前期破水を起こしてしまいました。
だけど、赤ちゃんはそれでもお腹の中で生きていました。
生きているにもかかわらず、私は「中絶」という選択をしました。
そう・・・。自然に流産したわけでも、勿論死産したわけでもないのです。
あの時、中絶という選択をしなくても・・・そのままなんとかお腹の中で育てるという決心が出来ていれば・・・
私もまた亡くなってしまった娘の人生も大きく変わっていたかもしれません。

22週未満の中絶。
妊娠12週以降の中期中絶では分娩誘発による妊娠中絶になります。
私、おかよの場合も21週で人工的に陣痛を起こし分娩となりました。
日本で中絶が可能なのは、母体保護法で「母体外において生命を保続することができない時期」と規定されています。
その時期が「妊娠22週未満」なのです。
染色体の異常を調べる検査は羊水を採取して行われますが、もし異常が見つかった時に胎児を合法的に中絶できるように妊娠16週頃に行われるそうです。
しかしながら、母体保護法には胎児の障害を理由に中絶を認めるような規定は無いのです。
母体の健康を害する場合のみ、中絶は認められているのです。

障害児を出産→その子供にたくさんの治療費が必要→母親は子供の世話や看病に追われる→経済的負担と身体的負担が重くのしかかる→母親の健康が害される
と解釈すれば、障害を持った胎児の中絶は違法ではないといえるかもしれません。

医師にすれば「障害を持って生まれた子供は、そしてその家族は大変だ。不幸だ。」という考えから、障害を持つ胎児を中絶していると思われるのは、やはり心外でしょうね。
日本の法律では障害を理由に中絶することをちゃんと認めているわけではありません。法律の解釈と世論や私たち個人がどのように意味づけするか。。。なのですね。

日本では「中絶は個人の権利である」と欧米のように宣言まではしていませんが、法律では22週未満という時期まで中絶を認めています。

だけど。。。複雑です。
21週6日で生まれた赤ちゃんは、本当に助からないのでしょうか。
そして22週ピッタリに生まれた赤ちゃんは、必ず助かるのでしょうか。
・・・これも線引きが難しいのではないでしょうか。

私も最終的には自分で判断しました。決心しました。
しかし状況説明で医師から聞かされる言葉は絶望的なものばかりでした。医師とは最悪なケースも説明しなければいけないのかもしれません。

そんな赤ちゃんを産んでしまったら・・・私はどうしたらいいのかわからない。
第一、赤ちゃんが苦しい思いをするのかもしれない。
こんなに苦しいなら産まないでほしかったと訴えるかもしれない。

赤ちゃんにどれぐらいシリアスな障害が残るのか、その確率はどのくらいなのか。

そしてもし障害があっても、どのような医療やケアを受けることができるのか。
私たち親の負担はどれぐらいなのか。
障害のある赤ちゃんとその家族をサポートする体制は、どれぐらい整っているのか。
・・・そういった説明がされていれば・・・もしかしたら私の「選択」が変わっていた可能性も否定はできません。

私は、どこかひとごとのような・・・夢を見ているような感じでした。
そして表面上は冷静であっても、本当は心の中はパニックになっていましたし、
「自分で判断する」という気力に欠けていました。
今ならばNICUのドクターに会わせてもらって「セカンドオピニオンを受けたい」と申し出ることもできるでしょうが
1998年、当時の情報源は主治医からだけでほかの医師も看護師さんたちも暗に中絶を勧めているようでした。そのように受け取ってしまいました。
とにかく24時間、ベッドの上で絶対安静。出血も1ヶ月と2週間、ずっと続いていて気分も悪いしお腹も痛い。
・・・私はその苦痛から自由になりたかったのかもしれません。もう逃げたかったのかもしれません。
そして・・・もし障害のある子を産んでしまったら、その後の私たちの生活がとても不安でした。
その不安はとても大きなものでした。

しかし私が入院していたのは産婦人科病棟。
医師やスタッフさえも、この私の不安に明確に答えられる人はいなかったでしょう。障害児を取り巻く社会のサポート体制を詳しく説明できるスタッフは、きっといなかったでしょう。
私も、ネガティブな意見にどんどん傾き、どんどん不安になり、そして強くない私は中絶(人工死産)を選んでしまいました。

姪っ子のように23週1日で生まれた子が、その後元気に育つこともあれば・・・・30週で生まれても障害が残ったり残念にも亡くなってしまうこともあります。
その子、その子の生命力なども大いに関係してくるでしょうから・・・「線引き」という行為は無意味かもしれません。
白黒はっきりつけることができれば、それに越したことは無いのでしょうが・・・生命という尊いものを扱う医療の現場では限りなく黒に近いグレー、限りなく白に近いグレーのラインというよりも・・・幅を持たせることが必要なのでしょうね。

たとえ法律が何か基準を定めたとしても、それを支える体制がしっかりしていないと女性の不安は無くならないし逆効果になることだって考えられます。

国に任せていてはダメなのかもしれません。
私たちのように悲しい想いをした天使ちゃんのママたち、そしてその家族が・・・またそれに関わってきた医療機関のスタッフがサポートする体制をしっかりさせるために、何らかの働きかけを始めるべきなのかもしれません。

中絶や流産・死産は、まだまだタブーという色が濃いですが、個人個人がその胸の内を吐き出していき、それを受け止め、流れを変えようという試みはこれからどんどん活発化していってほしいと心から思います。

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