出生前診断の告知のあり方と自己決定の支援について考える【泣いて笑ってBlog】

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中絶なのか死産なのか・・・

娘を亡くす前までは信じていたこと。

「頑張れば、それに適う結果が出る。」



けれど、どんなに頑張っても

どんなに願っても
どんなに祈っても

。。。どうにもならないことがあるのだと知りました。
。。。報われないことがあるのだと知りました。


生命の誕生は
それほど奇跡的で神秘的で
私が意図してどうこうできるものではないのだと知りました。




自分の身に降りかかることは、どんなことだって耐えてみせよう。
頑張ってみせよう。
もし、へこたれても 投げ出しても返ってくるのが自分自身になら・・・甘んじて受け入れよう。
そう思ってきたはずでした。


けれど娘を亡くして、予想以上の自責の念。自己否定。

私が なぜ今生きているのかもわからなかったあの頃。

今でも時々考えると辛くなります。

「中絶」だったのか「死産」だったのか


「人工死産」だという言葉を知りました。

「死産」とは・・・
妊娠満12週以後における分娩において、
分娩直後の心拍動,随意筋の運動及び呼吸のいずれもみられない場合。
これは「自然死産」というのだそう。

しかし娘の場合は「人工死産」に相当する。

胎児がまだ母体内生存が確実であるのに
人工的処置を加えたことにより死産に至ったから。

やっぱりこれは中絶なのだろうかと考え出すと
苦しくて悲しくてやりきれませんでした。


娘は苦しまずに安らかに逝けたのだろうか・・・・


それをずっとずっと
主治医にも担当助産師さんにも聞けずにいます・・・

まだ弱虫で
目を背け続ける自分がいる。


もう
自分を責めるのはやめようと

そう決めたはずなのに。
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