出生前診断の告知のあり方と自己決定の支援について考える【泣いて笑ってBlog】

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いのちを護る

ひとつの生命を護ることって
なかなかできそうで
なかなかできない。

私は娘を失ってしまってから、ずっと自分を責めてきました。
それなのに時間と共にその想いが変化していくのを感じました。

それでいいんだと思える自分と、決して忘れたくないという自分との間で、戸惑いながらも流れに任せていたように思います。

でも本当は、哀しみも時間が経過していくと共に少しずつ形を変えていかないと、今を生きてる私には辛すぎることだったかもしれません。

自分を護るために、苦しいこと悲しいことは考えない。
振り返らない。
過去に縛られず未来を見つめて歩く。

そうすることがベストだと無意識にそう感じていたのかもしれません。

なのにどうしても私は自分の本心と向き合うことをやめたくなかったのです。



当時長男は3歳になったばかり。二男は1歳5ヶ月。
私は看護学生になるはずでした。

看護学校に通うことを決心して受験勉強も毎晩遅くまで続けました。
睡眠時間が1日3時間でも平気でした。

このパワー。。。
一体どこから湧いてきたのでしょう。


私は助産師を目指すことで、亡くしてしまった娘への償いになると信じていました。
助産師を目指すことで許しを得ようと思っていたのかもしれません。
もし助産師になれたら、いつでも娘を傍に感じていることが出来るだろうと思っていました。

無事に看護学校に合格した時も、きっと娘が応援してくれているのだと確信したほどです。

でも入学式前日に判明した三男妊娠。
なぜ?なぜ今なのか?

娘は今、私を試そうとしているのか。

そして悟りました。



私がやるべきことは、たくさんの人のお産に関わることではなく
誰かの為にではなく・・・・



たった一つの私にしか護れないこの小さな命を守り通すことなのだと。


娘が私に望んだことは、もう2度と授かった命を手放すなということなのかもしれません。

護り通す
慈しむ
愛する

母として生きることを許されたのだから、精一杯頑張ろう。

なによりも自分自身の為に。

そう思っています。
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