出生前診断の告知のあり方と自己決定の支援について考える【泣いて笑ってBlog】

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時の流れがもたらすもの


死産や流産で失ってしまった我が子を想うこと。
だけど時の隔たりが、少しずつその想いに変化を生むということへの戸惑い。



私には現在、3人の幼い息子たちがいます。
1998年に第1子の娘を亡くして、その後に授かった私の宝物です。

赤ちゃんを失ったばかりのママたちを、『今の私』は逆に苦しめることになるのではないかと、いつも気になっていました。
掲示板やメールで沢山のママたちと言葉を交わすことができました。
私のほうが逆に慰められ、涙を流すことの方が多かったように思います。


私は知っています。ママたちも知っています。
たとえ失ってしまった命を取り戻そうとしても、
もうその愛しい命は帰ってきてくれないかもしれないことを。

他の誰でもなく、私やママたちがもう1度お腹に戻ってきてもらいたいのは、あの日、あの空に旅立って行ったあの子なのに。
輪廻転生というものをこの時ほど願ったことはありません。
いつかきっと、またあの子は帰ってきてくれる。
そう信じなければ自分が壊れてしまいそうだから。
そう信じなければ何にすがってこれから先を生きていけばいいのかわからないから・・・。

たとえ月日が流れても、私が娘を亡くした事実は変わりません。
たとえ息子たちと幸せに暮らしていても、ここに娘がいないことがとても理不尽なことに思える時もあります。

だから今でもあの運命の日は、私にとって決して忘れることのできない日なのです。

私は、間違っているのでしょうか。
娘を亡くして時が経ち、新しい命をこの世に生み出し育んでいる私には無理があるのでしょうか・・・。


罰当たりだと思われるかもしれません。
これ以上何を望むのかと思われるかもしれません。
だけど私はやっぱり娘が欲しい・・・と、ずっと心の中で思い続けています。
もう今の世の中、子供4人は到底無理だとわかっています。
そしてもし、万が一、そう・・・万が一、妊娠することがあっても、それはあの日旅立って行った娘ではないかもしれないということも・・・。

ママたちが流すたくさんの涙を、私はこうしてパソコンという媒体を通して感じてきました。

ママたちの悲しみや苦しみを、我がことのように感じてきました。

だけど・・・・


私が何をして差し上げられるのか・・・いつもわからないでいます。


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