出生前診断の告知のあり方と自己決定の支援について考える【泣いて笑ってBlog】

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掲示板での出会い3 naoさん・みさまささん

おかよさん、みさまささんへ by nao 2004/09/19 17:21:01 

おかよさんこんにちは。
こちらの掲示板ははじめて(前回は1で)です。みさまささんと境遇が似ていたのでこちらからおじゃまします。私も4年前の6月4日に18週(生れた時は19週)でさよならした男の子がいます。当時3歳だった長男との生活は励みにもなったけど辛い事も多かったです。幸い2年保育に入園させる前年度で、1年間だけ違う幼児教室に通っていたので気分がリセット出来たのかもしれません。翌年には妊娠、男の子が生れました。そして今お腹に35週の子がいます。
今回は初期に出血していてポリープがあると言われました。流産は感染が原因ではないかと言われていたのでその話をしたら安定期に切除を勧められて11週に入った時に取りました。根が深いからスッキリしないかもと言われたけどその後は出血もなく今に至っています。何年経っても次に元気な子に恵まれてもお空に帰って行った子の事は忘れられるものではありません。みさまささん今はゆっくり自分のペースで上のお子さんと付き合ってあげるのがいいと思います。私も同じ立場の方々のHPは救いでしたよ。まだまだ無理せずに・・・。


[レス] Re:おかよさん、みさまささんへ by おかよ 管理人 2004/09/20 00:23:51

naoさん、こんばんは。お久しぶりです。いかがお過ごしかと思っていました。35週なんですね。もうすぐ正期産・・・・いよいよですね。祈っています。無事にご出産されること。ご出産後は暫くはお忙しいでしょう。でも、落ち着かれましたら、また書き込みに来ていただけると嬉しいです^^私の場合は第1子を亡くしたので、やはり、経験者であるママたちの声はとても重くありがたいです。

>何年経っても次に元気な子に恵まれてもお空に帰って行った子の事は忘れられるものではありません

そうですね・・・「お子さんは?」と聞かれて、本当は「4人です」と、いつも喉元まで出掛かるのに・・・「3人です」と、答えます。だけど姿は見えなくても、私はいつも娘のことを想っています。。。この哀しみを乗り越えようなんて思わなくていいんですよね。乗り越えられるはずないんですから・・・・だけど、こんなに辛く悲しい体験をしても私たちは生きていかなくちゃいけないのですよね・・・自分自身を責め続けたり・・・また心静かに過ごしたいと思ったり・・・時々、混乱するけれど、あるがままに・・・・。



[レス] Re:おかよさん、みさまささんへ by みさまさ 2004/09/20 03:41:12


naoさん、お話してくださって本当にありがとうございます。4年前のたった1日違い、私も19週0日での死産でしたので、男の子と言う事、とてもとても重なりますね・・・。そしてその後naoさんも無事に男の子をご出産、そして現在35週なんですね!おかよさんの現在と同様、naoさんの現在のお姿は、私にとってとても励みになります。

さて、今回ポリープが妊娠当初からあったとのこと、そして除去された今も問題なく妊娠を経過されている事、私がいろいろ悩み、今も結論が出せないでいるのですが、でもやはり自分はたまたまこのような結果になってしまったけれど、ポリープ除去自体は本当は問題のないものなんですよね?
私自身、妊娠当初からポリープ除去に関してはかなり調べました。妊娠が判ってからしばらくして出血した時には、長女の時は全く出血がなかったので青ざめてしまいました。でも受診した結果、「子宮頚管ポリープからの出血で、ポリープはよくあることで、本来ならば外来でさっと除去できる程度のもの、だけど、今妊娠中なので、念のため安定期に入ってから気になるようだったら除去しましょう。」と言うことでした。インターネットで調べても何一つ心配や危険性は書かれていない、そして実際に友人達の何人かはポリープが妊娠当初からあったとのこと、そして1人は除去せずそのまま無事出産、そして1人は除去して無事出産、それらを含めてもまず問題のないものだと思っていました。だから、除去した途端に具合が悪くなって、出血もそうですが高熱(38,8度)が入院するまでの3日間、朝ひいて夕方上がっての繰り返し、ついにはドロッと出血し、受診すると子宮頚管も2,5cmとなっていて「切迫流産」として入院しても、その時は「ポリープ除去が致命的な結果になった原因」とは考えていませんでした。
感染の目安を示す炎症値が3,77(通常は0,30)になったことも、先生も「ポリープを取っただけではこのような数値にはまずならない」と言われましたし、いったんは0,60の炎症値になり落ち着き退院した後、症状も落ち着くものと思っていました。
でも安静にしていたのに再び出血が多くなり、再入院の時には炎症値が0,90になっていました。そしてその時にはもう1度目の入院時と比較にならないほどの出血が続き、信じたくはない結果に至ってしまいました。2度目に入院した病院(息子を死産した病院)では、「今回の原因は感染であろうこと、感染はいつ起こったかは断定できないけど、ポリープを取る前から感染が進んでいた可能性もあること、出血していたことによって感染を起しやすかったこと、ポリープ自体が感染の根っ子になってしまうこともあること、いったん落ち着いたはずの炎症値だったけど、たぶん感染が完全には消えてなかったこと」などを言われました。
そこで私は、ポリープさえ取らなかったら急変しなかったのでは!?と考えたけど、たとえポリープを取らなかったとしても、もしその前から感染が進んでいたのであれば、結局同じ結果になっていたのだろう・・・とも考えました。そして、何よりも現にポリープを除去しても、除去しなくても、無事に出産されている方はいっぱいいる事実です。ただ私はその頃とても疲れていました。今現在もそうなんですが、夫の仕事はかなり激務で日曜だけはどうにか休めますが、土曜日、祭日はほぼ休めないし、平日は帰宅が深夜を過ぎることも多いです。長女の面倒は日中も夜もすべて1人でやらなければなりません。辛いなと思っていてもやっと帰ってきた夫が私よりもクタクタになっているのをみて、「ご飯食べたらすぐ寝ていいからね。」と夫がいても結局一人で娘のお風呂を入れ、寝かしつける日々でした。
それでも夫は娘の事をとても想っていてくれます。娘もパパの事が大好きです。それだけで充分だと思っていたのです。それに加えて、私は妊娠中「お腹の子が生まれたら全面的に赤ちゃんの面倒中心になってしまうから、今のうちにいっぱい娘と遊んであげよう!」と公園遊びを日々頑張っていました。ポリープを取ったその日さえ、公園へ行っていました。長女をごく順調に出産できていたので安心していたのだと思います。無理していたことは否定できません・・・。だけど、妊娠中でお子さんが上に2人、3人いて、他にいっぱい仕事を抱えたり忙しくしていても、皆さん無事に出産されているではありませんか?皆そうやって兄弟が増えていくのでしょうに、私にはその当時無理は厳禁な事だったのかもしれませんが、でもずっと順調だったのに・・・!
ポリープだって問題ないと言われてきたのに・・・!けれどやはりもし無理をしていなかったら、違っていたかもしれない・・・と思うと、とても辛いです。次に妊娠をした時に私はもう無理はしないと思いますが、それでも思います。上の子を遊ばせるために公園へ行くこと、上の子の世話や家事などを普通にする事はそんなにダメな事なのでしょうか?naoさん、おかよさんはもう実際に上のお子さんがいる状態で無事に出産されているので是非お聞きしたいのです。そして今思うことは「感染」はとても怖いと言う事です。いつ感染したか、何に感染したかは分からないことが多いのですね。自分だけでなく、多くの方が「感染」が原因で悲しいお産になってしまったことを知り驚きました。そして、naoさん、おかよさん、死産後の妊娠はとても不安も多かったと思いますが、「感染」に対して何か特別な事はされましたか?是非教えて下さい。またまた長々と書いてしまってすみませんでした。読んで下さって本当に感謝しています。


[レス] Re:おかよさん、みさまささんへ by おかよ 管理人 2004/09/21 00:40:04


みさまささん、こんばんは。私が娘を死産したのは1998年。その後、2000年3月 2001年11月 2003年11月と、それぞれ男の子を出産しています。私も今になって思うのは、死産した当時、総合病院に転院する前、産婦人科の開業医のもとに1ヶ月も入院していたのに、その間、ずっと出血も止まらなかったのに、なぜ感染を疑われなかったのか今でも残念で悔しい思いでいます。
もっと早くに適切な抗生物質を投与されていれば、破水は避けられたのではないだろうかと思ってしまうのです。。。。ただ、何かで読んだ記憶があるのです。今でこそ前期破水は細菌感染が主な原因であることがわかっていますが、ちょっと前までは原因不明とされることが多かったらしいのです。 
死産後、私は個人病院で出産する気には到底なれず、ずっと総合病院でお世話になっていました。娘のことがあるので検診の度に内診してもらってオリモノの状態を見てもらい、必要であれば座薬タイプの消毒もしてもらっていました。私は妊娠すると膣内の炎症反応数値がわりと高くなるタイプのようです。普段から常在菌というのはいますから、いたずらに怖がっていても、あまり精神的に良くないのですよね。でも、やはり私も娘の死産時「妊娠は病気じゃないから」「妊婦だからって甘えてはいけない」と、昼も夜も仕事をしていました。睡眠時間だって当然短いし、疲労だってたまります。今思えば馬鹿なことをしたと思いますが、若かった私たちは先行きが不安でどうしても経済的なことをなんとかしたくて無理を重ねていました。
上の子供がいての妊娠も、たしかに上の子のペースに合わせて体がシンドイ時もありますが、でも仕事と家事の両立よりも、精神的にはまだ楽だったかもしれません。長男は次男出産時もまだ母乳を欲しがっていましたし、本来なら妊娠すれば流産に繋がるから授乳はやめるように言われますが・・・大丈夫でした。うちも主人の仕事の関係上、育児に協力してもらうことは不可能に近く、今でも3人の息子の世話は私一人で全てこなしています。長男は現在4歳6ヶ月ですが、主人が一緒にお風呂に入ってくれたのは5回ほどしかありません。しかもそれも、遊ぶために入るのであって、洗髪、体を洗ってあげるのは私がしてあげて、その後主人がお風呂に入ってくる・・・という感じ。(苦笑)
死産後の妊娠は長男の時も、次男・三男の時も、やはり無事に産声を聞くまでは不安でした。そして産声を聞いても、なにか突然の病気や事故でまた子供を失ってしまうのではないかと、時々怖くて・・・・。

妊娠中、特に気をつけていたことはオリモノの状態に気をつけること。トイレの前後はできるだけシャワーを浴びて清潔にすること・・でした。そして疲れたな・・・と思ったら体を休めることです。そして産前2ヶ月産後3ヶ月は保育園に、上の子たちを預かってもらいました。^^ポリープは産後にできました。やっぱり出血で気づきました。取ってもらった時はやっぱり痛かったかな・・・・3個取れてビックリしました。。。


[レス] Re:おかよさん、みさまささんへ by みさまさ 2004/09/21 03:14:06


おかよさん、こんばんは。お返事ありがとうございます。当時の医師の対応、もし違っていたら結果も違っていたかもしれない・・・。私もその事を思います。だけど、結局医者だって分からない事が多い・・・それが出産なんですよね。
「妊娠は病気ではない。でもだからこそ、何か起こった時は怖い。これだ、と言う適切な療法が分からないから。」と何かの本で読んだことがあります。
妊娠中のこと、そして現在の子育てと、私が思うにおかよさんは私よりももっともっと過酷な状況で頑張られているのですね!ちなみに現在の私はぐうたらし過ぎでひどい有様です(--;)。ご主人の多忙さはご長男の入浴5回とのことで半端じゃない事が伺えます。どう考えても頑張らざるを得ない日々だと思いますが、どうか無理せず頑張ってください。
そして1人だけで子育てをしなければならない状況で、現在も子育てをこなされている事実は本当に励みになります。もちろん、今に至るまでどんなにか不安も尽きなかったでしょうが…。そして授乳しながらの妊娠のお話も私にとっては「ここにお手本あり!」なのです。
もともと私は長女の授乳は「自然卒乳」を考えていました。一般的に授乳中は妊娠しづらいと聞きますが、おかよさんもそうですが、そうではない方も多いですよね。娘が1歳半になった頃、2人目がそろそろ欲しいと思い始めたのですが、赤ちゃんが欲しいがために断乳をする気はありませんでした。それでもなかなか妊娠できない事実に少し揺れましたが・・・。結局1年間赤ちゃんは授かる事ができず、私の場合は多少は授乳の影響もあったのかもしれません。
ついに今回の念願の妊娠をした時には娘は2歳5ヶ月、良いきっかけになればと断乳というよりは「もうお姉ちゃんになるね。赤ちゃんにおっぱいをあげようね!」と卒乳の方向で話し合い、納得してくれたので、ほんの1日大泣きされ私も大泣きし(笑)大変でしたが、すぐに卒乳となりました。
おかよさんも母乳育児の所でお話されていますが、母乳をあげていることが直接流産の原因にはならないことが、近年分かったそうですね。ユネスコでは3歳までの授乳を奨励していますよね!私は卒乳がダメだったらこのまま授乳を続けても大丈夫かどうかとその当時いろいろ調べて、安心したものです。私が今後妊娠をして授乳中にまた次の子を妊娠した時、年齢的にも卒乳が難しそうであれば、授乳を継続したい気持ちでいます。ちなみに私もおかよさんと同じ「差し乳」だと思います。ただ心配なのは、今回母乳を止める薬を飲みましたので、次の妊娠時に最初は母乳が出づらいかもしれませんね。次の妊娠、とても楽しみにしています。きっと妊娠中も、出産時も、そして成長過程でさえも不安は尽きないと思います。感染に対しても今までよりはナーバスになってしまうかもしれません。だけど不安は最小限度で「きっと大丈夫!」と過ごす事が出来たら良いなと思っています。今回どんなに願っても望んでも頑張っても奇跡は起こってくれなかった・・・。だけど、きっと今度は奇跡は起こってくれる!そう思いたいです。
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