出生前診断の告知のあり方と自己決定の支援について考える【泣いて笑ってBlog】

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掲示板での出会い4 マーさん

untitled by マー 2004/09/20 19:38:26

ポコズママのBBSでお返事して下さってありがとうございます。お礼が言いたかったので、あちらではなく直接こちらにお邪魔させていただきました。返事が遅くなり申し訳ないです。
おかよさんのHPも見させて頂きました。私は原因不明で18週ごろでしょうか、突然心音が確認できなくなりました。いたって健康で、出血もなくすごしていました。少しお腹が張るぐらいで何か兆候らしきものがまったくなかったのです。妊娠も初めてで何がなんだかわからない状況でした。
私は出来ちゃった婚で、親ともかなりもめ、結婚式をしないという私たちの意見と食い違い、新居探し、結婚式と多忙でした。そんなことがたったたのかもしれないと私は思っています。
結婚したことも後悔し、旦那の事は大好きですが私のせいでと思い別れた方がいいのではないかとか、お腹の赤ちゃんが死んでしまうぐらいなら、私の命も一緒にとも思いました。私も死にたいと。。。。そしたら天国でわが子を抱けるような気がして!!!しかし、私は今生きています。あの子の為に頑張らないと行けないと思い。病院の先生いわくは、流産するはずだったのがここまで大きくなったのだろうと・・・。気をつけていたつもりがこんな結果になってしまいました。
お腹の赤ちゃんは私が気づかないだけで、SOSをだしていたのではないかと後悔しましたが、結果は遅かったですが。
安産祈願にいった次の日が検診だったので、健康にそだっていると思い込んでいました。GWがかさなったのもあり、心音が確認できなくなって直後入院するのではなく、4日間ぐらいあいてからの入院でした。
5月4日に入院し、処置をし夜にかけて陣痛が起こり5月5日の朝方、子どもの日にわが子が出てきました。5月6日に火葬をしました。私は病院で寝ているばかりでした。150g、15cmと小さな小さな男の子で、皮膚もまだ出来ていませんでした。臓器は全て出来ていたので男の子ということがわかりました。火葬して灰位はのこるかと家族も思っていたのですがまったく何ものこらなかったそうです。
よって、納骨のことや色々考えていましたが、何もせず自分たちで水子地蔵に手を合わすことしかしていません。私は今思うことは、どんなに時間がたっても、またいつか私に子供が出来たとし、元気に生まれて来てくれたとしても、この悲しみはいえることがないと思いました。おかよさんは、悲しいお別れから6年経ったそうですが、HPをみていてもそう思いました。おかよさんの空の写真とても素敵です。その他の写真も!!私は天国に行った赤ちゃんの名前を「空」にしたいと旦那に相談しました。上を向いて歩いた時、いつも空があるかあらです。ずっと生まれてこれなかった赤ちゃんが側にいるように思いたかったからです。旦那は、愉快なことが好きな人で「空」って名前いいねと、付け加えてとても小さい赤ちゃんでソラマメ位の大きさだったから、あだ名はソラマメにしようと。
天国の赤ちゃんは怒ってるかもしれないけど、旦那とそんな話をしていると笑顔になれたので、名前は「空」あだ名は「ソラマメ」にしました。9月18日予定日を迎え、やはり元気に生まれて欲しかったその気持ちばかりが募りました。友達の妊娠発覚や、今月になって少し母乳がでたり。。。生まれてくるはずだったのにって自分のお腹をみて涙が止まりませんでした。私も赤ちゃんが欲しいと正直思います。しかし怖いのも事実で、天国にいるわが子が戻ってきてくれるのを望んでいる気がします。しかし、次に命を授かる事が出来たとしても、それは別の命だと思います。自分自身がもっと強くなり、精神的にも全ての環境が整った時にまた大切な命が授かる事を夢に見て、前向きに頑張りたいと思います。長々と申し訳ございません。しかし、自分の思いを吐き出せたように思います。おかよさん有難うございます。

[レス] untitled by おかよ 管理人 2004/09/21 01:04:36

マーさん、こんばんは。ますます想いを重ねてしまいます。
こちらに書き込んでくださって本当にありがとうございます。空の写真、気に入っていただけて嬉しいです。
「空」「ソラマメ」という名前&ニックネームもいいですね^^空で繋がる出会いに。。。感謝しなくちゃ。ありがとう、ソラマメくん♪

私も娘のお骨は・・・ありません。主人が一人で火葬場に行ってくれたのですが、当然持ち帰ってくれるものだと思っていました。太ももあたりの骨がほんの少し残っていたらしいのですが、私の気持ちが主人には伝わっていませんでした。
きっと主人にしてみれば、お骨を持って帰ることはこの先、私が何時までも悲しむと思っていたのかもしれません。私も当時は、写真を残したいと言えば反対され、へその緒だってもらえると思っていたらもらえなくて後悔だらけなのです。
そして霊木に彫られた水子地蔵さんを購入し、手首には数珠を今でも付けています。私なりの・・・娘への供養・・・と想いです。
私も9月7日が予定日で死産したのも5月2日でした。日が近いこともあって・・・・6年前のちょうど今頃の私を重ね見ているようです。今、マーさんにどれだけの言葉をおかけしても、きっとなんの慰めにもなりませんよね。だから写真を見に来て下さい・・・と声をかけさせていただいたのです。私も空を見て娘を想うから。その気持ちがきっとマーさんに伝わると思ったから・・・・。この連休も、写真が撮れました。前向きに頑張るには、悲しみと十分に付き合うことも大切かと思われます。一進一退。今でも、私はそうです。今でも、娘のことは思い出し会いたくてたまらなくなります。胸が張り裂けそうになります。これからも、またお話できますように。マーさん、ありがとう。。。
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