出生前診断の告知のあり方と自己決定の支援について考える【泣いて笑ってBlog】

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人工死産体験談<ケース5>

空5


【ケース5】2005年6月12日  

私は 18週でお腹の子を空に返してしまいました。1999年6月30日のことです。
検診時のエコーで 赤ちゃんに腫瘍ができていることがわかったのです。
悪性か良性かもわからない、お腹の中で死んでしまう確率も高く、産まれても(産むなら帝王切開)即手術で その手術に耐えられるかもわからない、障害があるかも知れない、その障害の重さも分からない、何もかも分からないづくしでした。
毎日毎日毎日!泣いて、色んな専門機関と思われるところへ電話したり 図書館で病気のことを調べたりしましたが 結局何も分からないままで・・・。
私達夫婦で 最終的に決定したのは 産まない選択でした。
でも おかよさんと同じで その時の私にも考えて選択するという気力がありませんでした。
そのことを今でも 悔やみます。
私が自分で 考えて考えて結論を出していたら 違う選択をしていた?
夫が「どんな障害を持った子でも、出来る限りのことをしてやろう、産もう」と言ってくれていたら 産んでいた?どうなんだろう・・・。

息子は静かに産まれてきました。
夫は 「出産」には間に合いませんでしたが、仕事着のまま急いで来てくれました。
2人で赤ちゃんに会いました。
小さな でも 髪の毛も眉毛も爪もオチンチンもある 息子でした。
対面の時には 看護婦さんと先生の奥さんが 白い箱に赤ちゃんを寝かせて手を組ませて、白い沢山のお花で囲んでくれていたので、箱から出して抱かなかったのですが、そのことは後悔しています。
どうして抱きしめてあげなかったんだろう。
ほおずりしたり、キスしたりしてあげなかったんだろう。
写真を撮ることも添い寝することも してはいけないんだと 漠然と思っていたのです。
もっと 主張すればよかった。

あんなに小さな体で大きな病気を持っていて、守ってもらいたい時に私達は小さな命を空に返すという結論を出した。
それを息子は どんな思いで聞いていたんだろう。
お腹の中で過ごす最後の夜は どんな思いで私のお腹を蹴っていたんだろう。
今でも気が狂いそうになります。

息子を「出産」した日の夜 病院に泊まってくれた夫の夢に 息子が出てきました。
「パパ、ママ ありがとう」って笑っていたそうです。

今、我が家には2才の息子、3ヶ月の娘が居ます。毎日育児に忙殺されていますが、2人をかわいいと思う時、必ず空にいる息子への愛しさを思います。
号泣する日は 時間が経つにつれて 少なくなりましたが、あの子をかわいいと思う気持ちは一生なくならないでしょう。
6年経ちますが、あの子への手紙をノートに書いています。

流産で赤ちゃんを亡くした方のHPは沢山ありますが自らの決定で赤ちゃんを空へ逝かせてしまった方のHPは今まで見たことなかったので、とても嬉しかったのです。

おかよさんの「私の死産体験に関するお部屋」に書いてあることは 私にとって自分の気持ちそのもの、本当に同じことを感じました。
だから、本当に本当にありがとうございました。
興奮のため 支離滅裂な文章でごめんなさい。
30日には 家族4人で お墓参りに行きます。
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